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歴史・建物

2014年11月28日 (金)

ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話「経塚の古タヌキ」と日蓮上人の石像

みなさんこんにちはsun

            

ニュースの天気予報では、来週、雪マークが点灯している

湯沢雄勝地域ですが、今日は良いお天気となっていますsun

Dsc03551

さて今回は、「ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話」pen

第8回目のお話は、春から幾度か探して歩き、

等々見つけることができなかった・・・二百貫

”750キロ”以上ある巨体の石像!!!

「経塚の古たぬき(狸)」と日蓮上人の石像

のお話ですconfident

Dsc01012_2

(2014年4月/翔北高校前の桜camera

湯沢市の神明社の東方・・・湯沢北高等学校(現・翔北)の裏手に

経塚と称する小高い丘がある。

昔は「たぬき森」と呼ばれ、

日中でも薄暗いところだったという・・・。

Dsc03553

その丘に、一匹の古たぬきが住んでいて、

あやしげなことをして人々を悩ますので、

退治しようとするが、神通自在で、なかなか容易な技では、

退治することが出来なかったらしい・・・。

               

そこで日善寺何代かの名僧が、経文を石に刻んで、

その丘に埋め、古たぬき退散の祈祷を行い、

ついにこれを降伏せしめた。と伝えられている。

Dsc01015

(2014年4月/春の神明社camera

その後、ここにお堂を建てて「日蓮上人と七面天女」という

石像を安置して祭っているが、 ※発見できませんでした。

この二百貫以上もある日蓮上人の石像は、

湯沢城主佐竹南家でかかえていた豪力士”三左衛門”が、

一人でこの丘まで背負い上げたいう、いわくつきの石像で、

石灯籠に正徳年間の文字が刻まれているところから推して、

250年以上も前の話である・・・。

            

またこの経塚は、昔、佐竹南家の矢場として

用いられたとも言われている・・・!

Scn_0012_2

”雄勝の伝説と民話に掲載されている小さい写真camera

日蓮上人の石像を(高印rvcar)が筆ペンで模写しましたpencil

絵心があまりなく本当にすみません&自分で書いて笑えます(笑)

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>            

ここからが(高印rvcar)の取材記録なのですが、

このたぬき森と言われる近辺の建設会社や写真屋さん。

神明社の方。その他、春から幾度か聞き込みをしたのですが、

この巨体!日蓮上人の石像を発見することができませんでした・・・。

          

図書館に置いてある「雄勝の伝説と民話」には、

小さく、日蓮上人の石像の写真が掲載されているのですが、

この写真は、昭和30年代撮影と思われ、

この当時には確実に安置してあったことが伺えます。

あるいは、今回(高印rvcar)が発見できなかっただけで、

湯沢市内の方には、

安置してある場所を知っている方も居るかも知れませんflag

            

是非、知っている方の情報お待ちしておりますsearch

(高印rvcar

2014年11月18日 (火)

松尾神社 神明社境内にあるお酒の神様へ行って来ました

みなさんこんにちはcloud

                              

全国的に、すっかり肌寒くなった今日この頃ですが、

皆さんは風邪などひいていないでしょうか?

それとも、食欲の秋を満喫!胃腸は元気!に過ごし、

年末に向けて仕事をバリバリこなしています!

なんて元気ハツラツな人も多いかも知れませんが?(笑)

是非、日々の体調管理には充分気をつけて下さいdelicious

Dsc03549

さて今回は、これから始まる親睦会!何々楽しいパーティー!

色々ある飲み会!忘年会シーズン前の10月某日に、

お酒が好き!お酒に好かれる人!お酒を楽しく呑みたい人!

お酒にまつわる色々な事をお願いしても良いらしい!?

湯沢市にあるお酒の神様に(高印rvcar)が訪れてみましたbeerbottlebar

Dsc03551

翔北高校近く・神明社までのマップ←クリックmotorsports

               

この場所「神明社」に、お酒の神様があることを聞いたのは、

たまたま他の取材で訪れた、この神社を取り仕切る

大先輩の神主さんが、のんびり優しい笑顔で、

「詳しい事は抜きに、お酒が好きなら拝むのも良いよ~w」

と(高印rvcar)に、勧めてくれたのが始まりですconfident

Dsc03542

実は、神主さんとのお話には、詳しい経緯や歴史のお話はあまり無く、

”簡単な心得と自由に拝んで良し!”と言う、お話になりました。

          

「お酒を呑んだ後に拝んでも良いし、お酒が好きなら

好きなときに、好きなように願ってけれ~・・ワイ(俺)も年だしなぁ~(笑)」

Dsc03544 Dsc03543

早速、鳥居の下で礼をして、ゆっくり階段を上ってくると、

狛犬が睨みを効かしお出迎えしてくれます。

この狛犬の横を通る時の瞬間が、いつも緊張する(高印rvcar)ですw

Dsc03524

神明社の特徴は境内に、様々な神社が合祀されているようで、

小社が数カ所に連ねており、豊受大神。天照大神。を祀っている

正面の建物には、中心に注連縄があり、

秋田県内では、このような神社建築は珍しいそうですhouse

Dsc03521 Dsc03522

創建は永正年中(1504)に、長雨で農作物が被害を受けた事を機会に、

松原に観請したことが始まりとされているそうです。

Dsc03533

正面左側にあるのが、お酒の神様!松尾神社!

「松尾神社」は、京都市西京区にある

「醸造祖神・松尾大社」の分社として置かれてるそうです。

松尾大社 ご案内←情報をクリックsearch

松尾大社とお酒の話に興味が有る方は←聖地巡盃コラムsearch

               

今回は(高印rvcar)的な推考やウンチクは一切必要なく、

神主さんの言われるままに参拝に訪れましたconfident

            

「東北は秋田県。お米の恵みと美味しい水の土地に住み、

美味しいお酒が呑めることに感謝しっぱなしだっす!!!」

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訪れた際は、是非、近くにあるこの石碑に目を通して下さい。

お酒に関わる先人の苦労や努力を知る事ができます。

「お酒作りは、現在でも地道で難儀な仕事だと思います!感謝です!」

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お酒が好きな人は、是非、参拝して欲しいそうですdelicious

のんびり優しい笑顔の神主さんのお話によると、

「お酒が強くなるのは別としてお酒には愛されるど思うよ(笑)」

Dsc03548

是非、気になる方は、全国各地にある松尾神社の分社に参拝してみてください。

これからの飲み会シーズンに向けて、何か良いことがあるかも?しれませんbottle

「楽しく乾杯!もちろんお酒の飲み過ぎには注意ですよ~(笑)」

神明社までのマップ←クリックmotorsports      

           

ではでは(高印rvcar)でした~beer

2014年11月13日 (木)

ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話「元禄年間の白髯(しらひげ)の大水」他”北向き観音像”

みなさんこんにちはmaple

             

今日の湯沢雄勝地域の天気は、手肌に感じる気温がグッと下がり雨模様ですrain

遠くに見える鳥海山の頂上付近は白い雪化粧となり、

いよいよ雪が降るか?降らないか?

晩秋と初雪の季節の変わり目まで、残り数日となっているようですsnow

Dsc03486_2

そして今日は、久しぶりのブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話!!!

このシリーズのお話は、昭和37年当時に出版された

「雄勝の伝説と民話」から、当時の様子と言い伝えを参考に、

取材ができる地元の方や場所を辿り、

ブログ的文章に(高印rvcar)が書き起こしていますが、

訪ねる人や場所により、

少し内容が変化?伝わりが変わる場合が時々ありますsearch

               

「雄勝の伝説と民話」に書かれているbook

            

「もとより伝承であり民話であるから、いつごろ、何人がつくったものか、

まだどの程度真実性があるものか、そのへんはつまびらかありません」

※つまびらか[意味/くわしいさま。物事の細かいところまではっきりしている]

(この話の場合は、物事の細かいところまではっきりしていない)

                  

の精神、あるいは、時代の流れを受け取る気持ちで読んで頂けたら幸いですpen

            

では、早速!「ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話」

第7回目のお話は、”元禄年間の白髯(しらひげ)の大水”なのですが、

今回は情報が少ないため、一旦お話を掲載してから

もう一度情報収集をして、再度、お話に付け足したいと思いますconfident

         

大昔、秋の宮の寺沢橋の梺近く、浅荻村(現在は地区)と称する村落があったという。

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(小高い山から見える橋が国道108号線途中の寺沢橋ですcamera) 

                

元禄十四年の夏のこと、この村に祭ってあった「白髯大明神」が、

又右衛門という人に、近く大洪水がやって来るというお告げがあった。

またその後、白髯大明神の使いの狐(きつね)が、

コンコンと鳴いて、しきりに村落を回って騒ぎ立てるので、

いずれ何か大きな異変が起こる前触れに違いないと信じた人々は、

早くも山手に避難したが・・・。

             

”そんな事は迷信だと頭から打ち消して避難もせず居残った人もいたらしい”

            

ところが、それからいくばくもたたずして、大雨が降り続き、

”大洪水となり”               

上浅荻部落は激しい濁流にのまれ、

狐(きつね)のお告げを迷信と信じなかった人は、

家屋もろとも命まで失ってしまったと言われている・・・。 

Dsc03513

(撮影した寺沢橋の案内板が、偶然にも大洪水の後のようでビックリしましたcamera

                

そして、神のお告げを真に受けて早くも避難して助かった人々は、

その報恩のため一宇の堂を建てて

「三坂稲荷神社」※場所分かりませんでした(涙)

と称し、崇めのち世に、

この大洪水を「白髯の大水」と呼んだと言い伝えれれている・・・。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

とっぴんクルクル少し昔のぷ~smile

ここからは、全く違う話が続きますpen

               

今回、お話にも登場する大洪水や津波が来たら高い場所!

山手に避難!逃げるのが鉄則ですが、寺沢橋の付近にも小高い山があります。

実は、この場所は、春の綺麗な桜の眺望の他cherryblossom

「キリシタン殉教の碑」と「北向き観音」が建てられていますfoot

Dsc03514 Dsc03490

その昔は、役内川や雄物川の河川の氾濫は尋常じゃなかったようで、

もしかしたらこの小高い山にも避難したのかも知れません。

現在でも、河川工事や維持に、それなりの労力が必要となります・・・。

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(キリシタン殉教の碑・北向き観音の入り口案内がありますcamera

この場所までのマップ←クリックflag

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この場所に入っていくと北向き観音の鳥居がありました。

秋の落ち葉で森が見渡せ小動物が隠れてそうです(笑)

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ゆっくり歩いて登って行きます。

Dsc03495

キリシタン殉教の碑がありましたflag

詳しい事は、湯沢市ジオパーク推進協議会 奮戦記

北向き観音とキリシタン慰霊之碑”←クリックsearch

が、参考になると思います。その他、

ゆざわジオパークの散策コースにも入っていますshoe

モデル B 一日コース その1”←クリックsearch

Dsc03501

小高い山の頂上に北向き観音像が安置してありましたconfident

Dsc03504

仕事や私用で、お寺や神社に行くことの多い(高印rvcar)ですが、

このような和洋折衷?の祠と像は組み合わせは初めてです。

教科書で習ったキリシタンへの弾圧のお話を思い出します・・・pencil

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祠の中に安置されているマリア観音像は小さな子供を抱いています。

意味する本当の意味や信仰は詳しくない(高印rvcar)ですが、

日本の長い歴史の中で、助け救われた人々に、

大切にされてきたことが容易に分かる堂々としたマリア観音象ですshine

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このような珍しい石碑も森の中に安置されていました。

訪れた人々に、穏やかな日々とそれなりの幸があることを願っているようですsun

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(↑写真の道路沿いの桜が、眼下に眺めることができますcamera

今回は、場所が近かった為に、二部構成のお話にしましたpen

               

この寺沢橋近くの小高い山からは、

春には、国道108号線に咲く桜街道が綺麗に観る事ができますcherryblossom

是非、来年の春に訪れてみては如何ですか?

冬が来る前に、桜のビュースッポット情報で、今回のお話は終了で~すdelicious

            

ではでは(高印rvcar)でした~bicycle

2014年9月11日 (木)

ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話「熊谷三郎兵衛の物語」

みなさんこんにちはsun

          

湯沢城主佐竹南家のぼだい寺「清涼寺」の入り口に触れれば、

ひどい寒気と、震えが起こるという不思議な墓があった。

                        

それは慶安(三百年前)の変、

由井正雪の陰謀に加わり、一方の統領であったという

「熊谷三郎兵衛」

の墓だといわれている。

               

※慶安の変(けいあんのへん)は、慶安4年(1651年)

4月から7月にかけて起こった事件。

別名、由比正雪の乱。由井正雪の乱。慶安事件。

とも呼ばれることがある。

            

主な首謀者は、由井正雪。丸橋忠弥。金井半兵衛。熊谷直義であった。

(由井正雪は優秀な軍学者。知りたい方は、検索をお願いします)

                   

その三郎兵衛がどうして湯沢に来たかはつまびらかではないが、

当時の同志が、切腹したり、捕らえられたりする中を、

危うく逃れ途中の詮議が厳しいので坊主に身をやつし、

流れ流れて湯沢に辿り点いた。

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(写真は、清涼寺、お地蔵さん横の階段camera

辿り点くと、清涼寺の裏手、花見沢の上に庵を構えて、

世を忍んで生活していた。現在もその辺を「上人沢」と呼んでいる。

Dsc02039 Dsc02047

こうしているうちに、佐竹南家の組下で槍の達人!

「斎藤強太夫」

と懇意となり、ある時、何かについて議論の末、強太夫は、

「坊主のくせにと激しく罵った」

                  

ところが、三郎兵衛が、

「同じ坊主でも、お前如きに負ける坊主ではない!」

と、大言を吐いたので、お互いに、

「さらば真剣勝負ということになる!!!」

Img_1888

※効果音 どんどんどんどん メラメラメラ・・・・・ドッシャ~ン!!!

◇真剣勝負は、力の差が歴然で一瞬であった!

八幡神社の境内にかがり火をたいて、

強太夫が槍を持って向かったが・・・・・・・impact

Img_1890 Img_1889

”たちまち槍を打ち落とされ、

かえって軽率な行いを戒められたという。”

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以来、三郎兵衛は、徒者ではないと知られ渡り、

段々と様子を聞くうちに、その本性がわかり、

「藩中の根本」という侍(サムライ)は、

三郎兵衛について、

「長刀(なぎなた)」

「火衛」?どのような技?武術?

「地雷」?どのような技?武術?

などを学んだと言っている・・・・・。

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三郎兵衛は死んだ後、清涼寺に葬られたが、

公儀をはばかって無名とし

その墓を守る手段として、おこりをわずらうと伝えたものらしい。

            

また一説には、湯沢の酒屋に住み込んだことがあるらしく

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ある時、馬上の侍を見て、

「あの侍は馬に乗せられて行く

(乗せられている)」と、あざけ笑ったので、

それではと無理に馬に乗せられた。

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ところが、

”手綱(たづな)さばきも見事な妙術を示して、

びっくりさせたという。”

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また、湯沢のある家で猛犬を飼っていた。

かねがね三郎兵衛の強力振りを聞き、

その通りがけに猛犬を向けてやった!

そして、               

「猛犬は勢い良く飛びかかって行った!!!」

                   

しかし、猛犬

三郎兵衛に近づくとともに、

コロリと倒れて死んでしまった。

Imgp0203_2

(熊谷三郎兵衛さん、可愛い犬には止めてね・・・・・w)

見向きもしないで、五、六間行き過ぎてから

三郎兵衛は何かを投げ捨てて行ったので、

         

「近寄って見ると、それは猛犬の舌であった・・・」

               

突差に猛犬の舌を抜いて殺した早技は、

目にもとまらなかった!!!

                

という話が残っている・・・・・・・・・・(終)

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

とっぴんまだまだ少し昔のぷ~smile

     

そして、この話は続きがあり、

実際に、清涼寺にいる笑顔の素敵な大先輩に

お話を聞きに行きました。

このお話は、清涼寺に伝わる有名なお話で、

「熊谷三郎兵衛は隠密であったそうです」

             

上の写真は、三郎兵衛の墓石を四面から撮影しましたが、

良く見るとお墓に名前が無く、

三郎兵衛の名前などを彫ると、

遠くに住む身内など多方面に迷惑がかかる為、

「無名の墓石となっています(涙)」

まるで、アメリカの諜報機関にある名前の無い墓石のようです。

               

その他、一部、湯沢雄勝地域では、

三郎兵衛は忍者だったと振れ伝わっているらしいのですが、

お話をお聞きしたところ?

「忍者では無く、隠密です!!!」

という力強いお言葉と確認を、

笑顔の素敵な大先輩から丁寧に頂きましたsearch

Dsc02041

その他「雄勝の伝説と民話」の本の中に、

もう一つ残る

「清涼寺の夫婦げんか」というお話があるのですが、

そのようなお話は、

清涼寺には伝承されていないそうです。

               

今回は(高印rvcar)も、名前の無い墓石に静かに手を合わせました・・・・・。

「名前の無い墓石からは欲のない強い力を感じることができました!」

             

では、もう一回!とっぴんまだまだ少し昔のぷ~smile

            

(高印rvcar

          

      

2014年9月 5日 (金)

国登録有形文化財 山内家住宅一般公開 9月28日(日)

みなさんこんにちはsun

      

今日は、国登録有形文化財

「山内家住宅一般公開」

湯沢に息づく昭和初期の町屋建物

の見学会のご案内の告知をします。

山内家住宅までのマップ←クリックmotorsports

Scn_0024_2

とき 平成26年9月28日(日)

午前10時~午後3時

山内家住宅

(湯沢市吹張二丁目1-4)

公開場所(一階 旧店舗部分)

内蔵 当家所蔵品を展示します。

観覧無料(事前申込不要)

          

※お車でお越しの際は、奥山印刷

または湯沢保育所をご利用くださいrvcar

             

主催/問い合わせ

湯沢市教育委員会 湯沢市佐竹町1-1

TEL 0183-73-2163

             

この山内家住宅の近くでは、湯沢大せき(堰)も流れていますので、

是非、散策に遊びに来て下さい。宜しくお願いします。

湯沢大堰のお話はこの記事←クリックsearch

平成版/雄勝の伝承と民話←とっぷんぱらりなお話をクリックsearch

             

(高印rvcar

2014年9月 2日 (火)

ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話「大せき(堰)と開削者②」

みなさんこんにちはsun

         

夜になると、すっかり秋風が吹く?心地良い湯沢雄勝地域ですが、

今年の残暑は、あまり長くならないようです。

是非、朝夕の気温の寒暖差で、季節外れの風邪などひかないように、

美味しい野菜や消化の良い温かい饂飩などを食べて、

体調を整えて下されば幸いです。

                   

さて前回、7月17日(木)ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話

「大せき(堰)と開削者①」の続き、「大せき(堰)と開削者 首をかけた請負」

Dsc02521

今回も、最初に「平成版/雄勝の伝承と民話」シリーズで参考にしている

”原本「雄勝の伝説と民話」”に書かれている

「もとより伝承であり民話であるから、いつごろ、何人がつくったものか、

またどの程度真実性があるものか、そのへんはつまびらかでありません」

のフレーズからスタートです!!!

Dsc02450

今回は、お世話になった浄土寺前から出発しました。

Dsc02467

この浄土寺は、弁財天様が祀られており、

「弁財天と金百両」と言う伝説が残っています。

そのお話は、また次の機会に宜しくです。

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この写真に写る大せき(堰)を開削したと言われているのが、

富谷氏の祖先、富谷次郎左衛門(治郎左エ門)

また、一説には、前森の宮田七右エ門の築造とも言われています。

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慶長18年、水戸から佐竹南家について来た、

その当時の土建業者だったらしい次郎左衛門は、

職業柄、雄物川の流れを用水に供すれば荒れ地の開墾に、

大きく役立つことを思い起こした。

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そして、佐竹の殿様に、大せき開削に必要な人夫を出してもらいたいと

願い出てみたが、用水ぜきの開削工事は、

容易な業では完成が難しいとあって願いは聞き入れられなかった。

しかし、次郎左衛門は期するところがあったとみえて、

再三願いにおよんだところ

「もしも、成就するにいたらなかった時は?」と聞かれ・・・

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(大せきの側で茶色い猫が寝ていましたcamera

「間髪を入れずして、この首を進上する」と答えたという。

さすがに、尋常一様の人ではなかったらしいと伝わっています。

[尋常一様/じんじょういちよう

意味:ごくあたりまえで、格別に他と変わらないさま。

普通と異なることのないさま。]

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それにより、やっと殿様から大せき開削工事の許しを得て起工し、

命がけでこの難事業を見事完成し、その手際の良さを

殿様からお褒めの言葉をちょうだいしたといわれている。

                              

この大せきを散策してみると、水の水量や流れがしっかりしています。

大せきは細い道で繋がっており、地元の方の生活道路、

近道や散歩している方も見受けられ、現役の用水路となっています。

Dsc02498

その昔からこの大せきは、湯沢の人々の暮らしの一部として

役に立っている訳ですが、秋田県湯沢市の厳しい冬に、

降雪した雪を捨てる場所としても大変重宝されていると思われます。

Dsc02504

今回(高印rvcar)は、長い距離を自転車で散策しましたが、

実は、この細い道をある程度走るのは初めてで、

家が並ぶ軒先を走るような感じで少しドキドキしました。

Dsc02505

上の写真の様に、見た目に大きな水門がありました。

落ち着いたブラウン色に塗り替えられてます。

湯沢市の裏道に普段見られない趣がある水門です。

Dsc02509

真っ直ぐと続く大せき横の道を散策します。

Dsc02511

散策していると、家の前に野菜の直売所がありました。

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美味しそうなカボチャが一個、堂々と置いてあります。

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大せき沿いには、畑があったり、花が咲いていたりしており、

何か新しい湯沢市を発見したような気分になります。

Dsc02522

この湯沢大堰には続きの話があって、一説によれば、

                   

工事の測量が思うようにはかどらない為に、

御囲地町に祭られてある稲荷大明神に成就の祈願をこめたところ、

ある夜のこと、夢枕に白髪の老人が現れお告げがあり、

翌朝工事現場に出てみると、夜明け頃降った新雪に、

点々ときつね(狐)の足跡が続いてるので、

早速、これを目印として測量を進め見事に成功したとの伝承や、

            

また一説には、夜工事現場に線香を立てて

高低の測量に役立てたものだとも言い伝えられている。

         

その他、御囲地町の稲荷神社は、

佐竹義種公が水戸からこの地に移したもので、

大せき開削の時、霊験があったのはこのお稲荷様だといわれている。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

とっぴんまだまだ少し昔のぷ~smile

          

湯沢市内を訪れた際には、

是非、地元の方が歩く、大せき(堰)を散策してみてください。

             

(高印rvcar)   

2014年7月17日 (木)

ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話 「大せき(堰)と開削者①」

みなさんこんにちはsun

                                 

今回は、湯沢市内をゆっくりと走る大堰(用水路)に、命を賭けた人のお話です!

             

そして最初に、このシリーズのお話は、昭和37年当時に出版されたpen

「雄勝の伝説と民話」から、当時の様子と言い伝えを参考に、

取材ができる地元の方や場所を辿り、

ブログ的文章に(高印rvcar)が書き起こしていますが、

訪ねる人や場所により、少し内容が変化?伝わりが変わる場合が時々あります。

                

「雄勝の伝説と民話」に書かれているpen

                  

「もとより伝承であり民話であるから、いつごろ、何人がつくつたものか、

またどの程度真実性があるものか、そのへんはつまびらかでありません」

※ [つまびらか:意味/くわしいさま。物事の細かいところまではっきりしている]

(この話の場合は、物事の細かいところまではっきりしていない)

                     

の精神、あるいは、時代の流れや受け取る気持ちで読んで頂けたら幸いですconfident

             

では、早速!

「ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話」

第5回目のお話は、(高印rvcar)的に、原文と現代の言葉を交ぜ伝えるブログpencil

「大せき(堰)と開削者 首をかけた請負①」の始まりです。

Dsc01867

(湯沢市内を流れる大堰の前に立ち、流れをのぞき込む(高印rvcarcamera

                      

湯沢市内を貫流する大せきは、慶長年間

湯沢市大町・富谷松之助氏の祖先

「次郎左衛門」という人によって開削されたといい伝えられている。

                 

大せきの取り入れ口は、関口地内の雄物川にあって、

湯沢、三関、弁天三地域にわたる用水路として、

延長約二里(一里約4㎞)

かんがい田地約千町歩におよび(千町歩/約1000ヘクタール)

わけても湯沢にとって防火上、最も大切な用水ぜきである。

                     

この大せきは、昔は須川(地名)、高松方面からの丸太や薪、

木の川出し(搬出)に利用されたもので、

古老の話しによると、

湯沢市平清水町新町の影源寺付近が丁度、

堰を止めて丸太類を水揚げした場所で、

ここで盛んに商取引きが行われたため、

飲み屋が発展し、それが今日に至ったものだと言われている。

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(影現寺・入り口の写真camera

                  

最初の目的地。影現寺の住職の方に、お話を伺い、取材する機会がありましたが、

昔の詳しい話を知っている方は、代替わりした為、今は居ないとのことでした。

しかし、影現寺の住職さんの優しく丁寧な返答は、幸先が良く大変助かりましたconfident

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次の目的地。道路を挟んで、影現寺向かいの

「(有)小川屋酒店」を訪ねました(小川屋さんのお話は次回ですbeer

住所 012-0826 秋田県湯沢市柳町2丁目3-24

小川屋酒店までのマップ←クリックmotorsports

TEL 0183-73-3213

小川屋酒店ホームページ←美味しいお酒の情報をクリックsearch

                        

この辺りを散策、観察していると、ある物を発見しました!!!

Dsc01860

影現寺と小川屋酒店の細い路地にある大堰の間に、

上の写真↑黄色い矢印↓

良く見かける、赤い部分をクルクルと回す、水門を止める装置が見えますupdown

Dsc01869 Dsc01863                     

もしかしたら、この水門の場所が水の流れを止め

、丸太を水揚げした場所の名残かも?です(推測ですが・・・)

「ここ辺りが、飲み屋さん発祥の地?早速、小川屋酒店さんに取材だっす!!!」

Dsc01865 Dsc02115

(湯沢市サンロード商店街から細い路地をドイツ通りに向かう様子ですcamera

                        

と!その前に、この細い路地の通りには、由緒ある三つのお寺があり、

人生の大先輩(推定80代くらい)浄土寺の住職さんの元を訪ねると、

昭和20年代当時の湯沢市内の様子、詳しいお話を聞く事が出来ましたconfident

                     

「本当に、まんつ宜しくお願いします。同時に、あの弁財天のお話も少々・・・」

Dsc02114

(小川屋酒店さん向かいのシューズショップ・トミザワさんcamera

                     

住職さんによると、現在、流れを見ることができる大堰の幅は狭いが、

昭和10~20年代には、もう少し大堰の幅が広く、水深があり、

人を乗せた船(いかだ?渡し船?)が通行していたそうです。

その他、湯沢周辺の田んぼに、綺麗な水を通す役目を果たしていたり、

夏には、子供の腰くらいの高さの水深で水遊びが出来たり、

スイカやきゅうりなど、野菜を自然に冷やして置く場所でもあったそうですdelicious

            

shadow住職さん

「まあスイカや野菜を冷やすのは、昔の家では当たり前だっすべ(笑)」

Dsc02110

(シューズショップ・トミザワさん横の大堰が船着き場後らしいcamera

                  

この住職さんによると、シューズショップ・トミザワさん横の写真の場所が、

須川、院内方面からお酒を飲みに来る人の

船着き場だったそうで、この写真の場所周辺を中心に、

自然発生的に飲み屋さんが点在して大いに賑わっていたそうですbottle

                        

また、別の機会に、昔の院内地区のお話を聞く機会があり、

昭和30~40年代には、横堀、院内地区に、多くの飲み屋さんや雑貨屋、

映画館が4~5軒程あり、院内銀山がある院内地区も栄えていたそうですtrain

                           

shadow住職さん

「まあ~おらだば、この場所辺りで、酒飲み親父どこ見だりしたし、

飲み屋(酒飲み)発祥の地と言ってもいがんしべ(良いと思う)!」

Dsc02120 Dsc02112

この当時の少し離れた周辺、あるいは奥羽本線「湯沢駅」の裏側にあたる地域

(清水町周辺)は、大堰の水が流れ、青々とした田んぼが広がっていたそうです。

                     

shadow住職さん

「昔は、ドンツキ!行き止まり!駅裏さ、清水尻(尻は終わりの意味らしい)

って地名もあったがったし、新しい地名さは、南とか、新とかださ~、

昔の中央病院の場所っこも、草っこ生えて、町の中の行き止まりだったしな!

その先の田んぼや畑さも、大せきの水っこが流れていっていたなだ~w」

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(気になった方もいる現在の街並み、道路の写真は、湯沢市の交流都市、

ドイツ・ケルン近郊のジークブルク市が縁で、ドイツ風の通りになっていますhouse

通称「湯沢市・ジークブルガー通り」flag

ジークブルガー通りまでのマップ←クリックmotorsports

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次回は、小川屋酒店さんに置いてある日本酒のオリジナル商品に絡めて、

この後、出会った方との懐かしい湯沢のお話が、もう少しだけ続きますpencil

                     

ではでは、とっぴんまだまだ少し昔のぷ~smile                  

                        

「今回も本当に、色々とお話、情報等、ありがとうございました(高印rvcar)」

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第4回目「佐竹公とご機嫌坂」←ブログ「こ・ま・ち」的/歴史人物像search

 

2014年6月24日 (火)

ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話 「佐竹公とご機嫌坂」

みなさんこんにちはsun

                  

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2014年5月29日木曜日「AM11:23」/JR湯沢駅前から

少し昔にタイムスリップした(高印rvcar)は、

クルクルとタイムスリップした先の、その当時の湯沢雄勝地域の様子を、

21世紀の現代に使う言葉を駆使し、当ブログで少しづつ紹介したいと思っていますdoor

                        

今回は、湯沢市、寺沢地区にある記念碑。由緒ある坂のお話。昭和37年当時の

その場所に広がる美しい田園風景が気になる(高印rvcar)の

「ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話」

第4回目のお話は、(高印rvcar)的に、原文と現代の言葉を交ぜ伝えるブログpencil

Dsc02124_2

「佐竹公とごきげん(機嫌)坂」

                     

秋田の城主、佐竹義宣公が水戸百二十石の城主から二十万五千石の

秋田にお国替えとなったのが、慶長7年の五月。

                               

ごきげん坂までのマップ←クリックmotorsports

                     

道中けわしい坂谷峠を越え、山また山に囲まれた、山形領を通るころより、

殿様は失望のあまり、心まことに楽まず、

雄勝峠を越すに至っては、いよいよ不機嫌がつのり、

お供の方々も、どうなるものかと心を痛めていたという。

ところが、けわしい県境を下り、院内、横堀、小野を経て

関口の村はずれの坂に差しかかるや、

はじめて仙北平野(昔の呼び方?)は眼下に開けて豊かな田園が遠く連なり、

西に秋田富士鳥海の秀峰を望み雄物川の流れを眺め、

Dsc02121

わが領内にもかかる立派な田園があるかと、

満面の喜びを讃え、

ごきげん(機嫌)がなおったというので、

ここを、「ごきげん坂」と名付け、いまは記念の碑を建てて長く伝えている。

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この場所は、昔はかなり高い坂で追いはぎ(強盗)など出没していたものらしい。

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この場所、この記念の碑は、湯沢市寺沢地区、

「小野寺石材」さんの真横の坂、近辺が、ごきげん坂になるようです。

その記念の碑から眺めた景色は、

上の田んぼや野球練習場が広がる写真になります!!

                           

ちょんまげを付けた気分で、眼下を眺める(高印rvcar)ですが、

二十万五千石(一万石/三億円くらい?四公五民?五公五民?)でも嬉しい!

黄金の稲穂が広がる景色ですdelicious(笑)

                           

このごきげん(機嫌)坂にちなんで、

                           

めでたいものは芋の子の種

くき長く 葉広く

孫子栄ゆる じさ(祖父)まご

じさ まご

                        

芋の子の種と称する民謡がこの地方にのこっています。

これは、佐竹公がお国替えの際、

関口の村はずれで、ごきげんがなおったお喜びのため

家来の一人が歌ったものだといわれ、

湯沢地方では、御祝い時の先き歌として長く歌い続けられていたそうですlovely

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とっぴんクルクル少し昔のぷ~smile

                  

是非、佐竹公気分を体感しに訪れてくださいflag

             

(高印rvcar

2014年6月20日 (金)

ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話 「戸平小路の由来」

みなさんこんにちはrain

                     

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2014年5月29日木曜日「AM11:23」/JR湯沢駅前から

少し昔にタイムスリップした(高印rvcar)は、

クルクルとタイムスリップした先の、その当時の湯沢雄勝地域の様子を、

21世紀の現代に使う言葉を駆使し、当ブログで少しづつ紹介したいと思っていますdoor

                        

今回は、湯沢市でも有名なお話の一つ、昭和37年当時の

別の語り口を聞いてきた(読んだ)(高印rvcar)の

「ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話」

第3回目のお話は、(高印rvcar)的に、原文と現代の言葉を交ぜ伝えるブログpencil

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「戸平小路の由来」

戸平小路までのマップ←クリックmotorsports                  

                        

湯沢市柳町と前森町の境から一夜地蔵尊の前を通つて、

新開地(平清水町)に至る道路を俗に戸平小路と呼んでいる。

                            

江戸幕府の末期のころ湯沢の南と北に一人ずつ非人頭

(無宿の悪人や行旅病人を監視したり保護する人をいう)がおつた。

                           

北の非人頭は「戸平」といつてこの小路に住み、

南の非人頭は「助右衛門」と呼んで愛宕町に住んでいた。

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「戸平」は大力無双で男気があって、常に悪人をこらしめて町の平和のために

尽くしたため後には十手取りなわ(縄)を預かる身となつた。

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一方南の非人頭「助右衛門」は戊辰の役当時、

仙台の兵隊の道案内をして

湯沢を攻めさせたので維新後、身を隠したという。

                                    

戸平小路は非人頭の戸平が住んでいたため

名付けたものといい伝えられている。

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とっぴんクルクル少し昔のぷ~smile

                 

では、次回のお話をお楽しみにpencil

                        

(高印rvcar

そして、今年も行われる夏のイベント!

(七夕絵どうろうまつり/8月5日・6日・7日)です。

2014年の湯沢七夕絵どうろうまつり開催期間中には、

湯沢雄勝地域を楽しむスタンプラリーも行われていますrvcar

             

6月1日(日)~

8月31日(日)まで行われる

スペシャルイベント!!!

「ようこそ湯沢雄勝 

HOT!スタンプ!じゃ~んぷ!

ラリー!!」

詳しい情報は秋田県湯沢雄勝観光総合サイト「HINAVI」でご確認ください←クリックsearch

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☆応募期間 平成26年6月1日から8月31日まで

☆応募対象 

○体験型観光施設で体験プログラムに参加された方。

○温泉施設で宿泊または日帰り入浴された方。

○観光施設で入場料のお支払いまたは500円以上買い物をされた方。

                  

☆応募方法

○体験施設・温泉施設・観光施設から1つずつスタンプを集めて、

2つ以上になったら、対象施設に裏面のスタンプシートを直接お渡しください。

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対象施設は、湯沢市内・羽後町内・東成瀬村内に点在する登録施設です。

下の登録施設名称をクリックすると、

公式ホームページ・最新情報へ飛ぶことができますsearch

                         

温泉施設

湯沢市内

奥山旅館秋の宮山荘鷹の湯温泉宝寿温泉紫雲閣

多郎兵衛旅館松葉館元湯くらぶこまくさ秋仙阿部旅館

羽後町内

としとらんど(五輪坂温泉)

東成瀬村内

栗駒山荘(須川温泉)ホテルブラン(やまゆり温泉)東仙歩(なるせ温泉)

                               

体験型観光施設

湯沢市内

佐藤養助 手づくり体験工房(本場の「稲庭うどん」作り体験)

アークトゥリー(湯沢生まれの植物「水ゴケ」コケ丸くん作り体験)

マルサンカバン店(オリジナルの革小物を作る刻印体験)

地域力ワークスやまもり(薪窯ピザ焼き体験やノルディックウォーキング体験など)

◇小安峡観光案内人の会(ワラビ折りや森林浴ウォーキング・木工クラフト体験など)

羽後町内

農事組合法人こまち野(いちご狩り体験/季節限定)

東成瀬村内

ジュネス栗駒パークゴルフ場(日本パークゴルフ協会公認。個性あふれる36ホール)

※体験施設をご利用の際は、事前に予約が必要です。

                               

観光施設(お土産・お食事処)

湯沢市 

佐藤養助 総本店(本場の「稲庭うどん」を是非ご賞味ください!)

峠の駅「ラ・フォーレ栗駒」(美味しいステーキ・山菜・ハンバーグが人気!)

道の駅おがち「小町の郷」(名物ゼンマイ丼を一度ご賞味あれ!)

羽後町内

趣味の店ながや(お土産からおもちゃまで何でも揃っています!)

西馬音内盆踊り会館(西馬音内盆踊りの定期公演もやっています!)

農事組合法人こまち野(ラウンジで一息「生いちごソフト」が大好評!)

東成瀬村

夢・なるせ直売所(東成瀬村の新名物「トマトバーガー」を是非、完食!)

※定休日等については事前にご確認ください。

                           

今回は、厳選な抽選の元、

温泉ペア宿泊券やお食事券・美味しい日本酒

などの湯沢雄勝地域の特産品を景品として用意していますpresent

                            

まずは、

道の駅おがち「小町の郷」を始め、対象施設にお寄りの際は、

是非!スタンプシートを手にとってください!!

詳しい情報は秋田県湯沢雄勝観光総合サイト「HINAVI」でご確認ください←クリックsearch

その他、秋田県湯沢雄勝観光総合サイト「HINAVI」のサイトでも

スタンプシートがダウンロードすることでき、イベントに参加することができます。

◎お問い合せ先 秋田県雄勝地域振興局総務企画部地域企画課

TEL 0183-73-8191

                   

※ご応募はお一人様1通とさせていただきます。

                                     

是非、湯沢雄勝地域内の

散策・体験・発見のスタンプラリーイベントへ、ご参加をお待ちしておりますrvcar

            

2014年6月12日 (木)

ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話 「むっくり地蔵尊」

みなさんこんにちはsun

                           

2014年5月29日(木)に(高印rvcar)が、湯沢駅前からタイムスリップ!

湯沢雄勝観光ブログ「こ・ま・ち」は新企画を準備中です←情報をクリックsearch

第1回目「東京の下り菓子」←ブログ「こ・ま・ち」的/クリックsearch

2014年5月29日木曜日「AM11:23」/JR湯沢駅前から

少し昔にタイムスリップした(高印rvcar)は、

クルクルとタイムスリップした先の、その当時の湯沢雄勝地域の様子を、

21世紀の現代に使う言葉を駆使し、当ブログで少しづつ紹介したいと思っていますdoor

                        

今回、、少し昔を見聞きしてきた(高印rvcar)の

「ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話」

第2回目のお話は、(高印rvcar)的に、原文と現代の言葉を交ぜ伝えるブログpencil

Dsc01883

湯沢市柳町にある小路の先・・・confident

俗称「戸平小路」にあるお地蔵さんに伝わる伝承と民話。

「一夜地蔵尊/むっくり地蔵尊のお話」です。

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湯沢市前森町郵便局近辺flag

戸平小路までのマップ←クリックmotorsports

Dsc01880 Dsc01944

湯沢市柳町、俗称「戸平小路」に石の地蔵様が祀られている。

この地蔵様は、「一夜地蔵尊」または「むつくり地蔵尊」ともいわれている。

                      

昔、平鹿のある村の信者は、

関口の石屋(寺沢から続く石屋界隈)さんに頼んで、

石の地蔵さんを作らせた。

                        

ある雪が降り積もる冬の日、橇(そり)に積んで運搬の途中、

柳町まで来ると、地蔵さんは音を立てて橇(そり)から転がり落ちた。

信者は、転がり落ちた地蔵さんを、元の橇(そり)に戻そうとしたが、

雪が深くて思うように出来ず、それに薄暗くなり始めたので、

地蔵さんをそのままにして、

一旦、平鹿にある村の家に歩いて帰りました・・・。

(イメージ:2014年1月の湯沢市内国道13号線歩道の様子snow

P1230552

翌朝、信者が来てみると、地蔵さんは雪の中に、

”むつくり立つていた。”

信者は、不思議に思って近所の人々(柳町近辺の人々)に、

聞いてみたが、誰も起こしてくれた人がいないという話だった。

                

薄気味悪くなった願主は、

俺の信心が足らないから地蔵さんが、我が村(平鹿の何処かの村)に、

行くのを好まないのだと諦めて、そのまま帰ってしまった(放置confident

Dsc01874

ところで誰言うとなく、「一夜地蔵尊」または「むつくり地蔵尊」と呼び、

いつまでも道路中に、

放って置く訳にもいかないので

町の人々がお金を出し合って、

今の場所(現在の場所)に、お堂を建てて

祭ったものだと言い伝えられているconfident

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この「むっくり地蔵さん」は、湯沢市柳町一帯を焼いた

大火に二度もあっているが、

二度とも地蔵堂の近くは、難を免れている為、

町の人々は、

「火防地蔵さん」とも名付けて、

信心しているという話も残っているそうです。

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とっぴんクルクルと少し昔のぷ~smile

Dsc01879

早速、(高印rvcar)も、もにょもにょしながら背筋を伸ばし手を合わせる。

そして、由緒ある、このような感じのしっかりした場所では、

全てを見透かされているので、無心のつもりで手を合わせる(高印rvcar)w

                   

期待したい?期待してはいけない?

人間とは気難しい生き物である・・・ではでは(高印rvcar)でした~bicycle

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