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2014年6月24日 (火)

ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話 「佐竹公とご機嫌坂」

みなさんこんにちはsun

                  

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2014年5月29日木曜日「AM11:23」/JR湯沢駅前から

少し昔にタイムスリップした(高印rvcar)は、

クルクルとタイムスリップした先の、その当時の湯沢雄勝地域の様子を、

21世紀の現代に使う言葉を駆使し、当ブログで少しづつ紹介したいと思っていますdoor

                        

今回は、湯沢市、寺沢地区にある記念碑。由緒ある坂のお話。昭和37年当時の

その場所に広がる美しい田園風景が気になる(高印rvcar)の

「ブログ「こ・ま・ち」的:平成版/雄勝の伝承と民話」

第4回目のお話は、(高印rvcar)的に、原文と現代の言葉を交ぜ伝えるブログpencil

Dsc02124_2

「佐竹公とごきげん(機嫌)坂」

                     

秋田の城主、佐竹義宣公が水戸百二十石の城主から二十万五千石の

秋田にお国替えとなったのが、慶長7年の五月。

                               

ごきげん坂までのマップ←クリックmotorsports

                     

道中けわしい坂谷峠を越え、山また山に囲まれた、山形領を通るころより、

殿様は失望のあまり、心まことに楽まず、

雄勝峠を越すに至っては、いよいよ不機嫌がつのり、

お供の方々も、どうなるものかと心を痛めていたという。

ところが、けわしい県境を下り、院内、横堀、小野を経て

関口の村はずれの坂に差しかかるや、

はじめて仙北平野(昔の呼び方?)は眼下に開けて豊かな田園が遠く連なり、

西に秋田富士鳥海の秀峰を望み雄物川の流れを眺め、

Dsc02121

わが領内にもかかる立派な田園があるかと、

満面の喜びを讃え、

ごきげん(機嫌)がなおったというので、

ここを、「ごきげん坂」と名付け、いまは記念の碑を建てて長く伝えている。

Dsc02123_2                      

この場所は、昔はかなり高い坂で追いはぎ(強盗)など出没していたものらしい。

Dsc02126_2

この場所、この記念の碑は、湯沢市寺沢地区、

「小野寺石材」さんの真横の坂、近辺が、ごきげん坂になるようです。

その記念の碑から眺めた景色は、

上の田んぼや野球練習場が広がる写真になります!!

                           

ちょんまげを付けた気分で、眼下を眺める(高印rvcar)ですが、

二十万五千石(一万石/三億円くらい?四公五民?五公五民?)でも嬉しい!

黄金の稲穂が広がる景色ですdelicious(笑)

                           

このごきげん(機嫌)坂にちなんで、

                           

めでたいものは芋の子の種

くき長く 葉広く

孫子栄ゆる じさ(祖父)まご

じさ まご

                        

芋の子の種と称する民謡がこの地方にのこっています。

これは、佐竹公がお国替えの際、

関口の村はずれで、ごきげんがなおったお喜びのため

家来の一人が歌ったものだといわれ、

湯沢地方では、御祝い時の先き歌として長く歌い続けられていたそうですlovely

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

とっぴんクルクル少し昔のぷ~smile

                  

是非、佐竹公気分を体感しに訪れてくださいflag

             

(高印rvcar

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コメント

そこは御機嫌坂ではなく、旧国道です。
正確には小野寺石材さんと記念碑の間の道路から登ったところの坂を言うはずですよ。たしか一里塚がある辺りかと・・・

今回のブログの表現の仕方が悪く大変申し訳ありませんでした。
ご指摘の通りの場所がごきげん坂と言われ伝わっています。

記念の碑から見る景色、写真、あるいは語り口で伝わる場所。
色々ありますが、
地元の方にお話を聞いてからの内容、場所、文章になっています。

その上で、ブログでの表現となります。

ブログの内容は、昭和37年当時の語り、伝承の内容を参考に、
2014年現在、確認できる事、語り、伝承と民話となっております。

その為、お話を聞く方により、少し内容、伝わりが違う場合があります。

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