2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 【学べる羽後町】 神々のシェアハウス、三輪神社 ②3つのお堂 | トップページ | 御菓子司わかさ »

2013年3月 8日 (金)

【学べる羽後町】 神々のシェアハウス、三輪神社 ③神社から知るかつての風景

***前回までのおさらいヽ(’◇’)*********

神道と仏教の同居が発覚→しかも廃仏毀釈にも屈しなかった。

②境内で3つの神社の同居が発覚→しかも三輪さんは蛇の姿の水神様だった。

************************


(((゚Д゚ )))


私の研究の成果が2行にまとまってしまいました。

詳細は

初詣でゴーンできる神社篇

3つのお堂篇

をご覧くださいね!見てくださいね!!

ええ。 

読んでやってくださいね☆☆☆


( ・ x ・ )


さっくり最終回。参りましょう。

そうだったのか!おゆきの学べる羽後町
「神々のシェアハウス 三輪神社 ~神社から知るかつての風景篇~

三輪神社研究最終回ということで、

両脇にある須賀神社八幡神社の神様についてお伝えします。

(境内の配置図は下の通り。)

Miwajinjya Img

**************************

【須賀神社】

Photo_2

日本初の宮といわれる須賀神社。(あれ、三輪神社も…?)
大本は島根県雲南市の須我神社といわれています。

ここの神様はまさかの有名神だったりします。

須賀神社の神様
≪須佐之男命(すさのおのみこと)≫

・ミスター破天荒、須佐之男。

八岐大蛇(やまたのおろち)退治でも有名な須佐之男は、日本初の神様(いざなぎ・いざなみ)の息子さん。

姉に天照大神(あまてらすおおみかみ…太陽神・高天原(たかまがはら)の主)
兄に月読命(つくよみ…夜の国の神)をもつ、末っ子さんとして生を受けます。

母は既に他界。姉は父の左目から、兄は右目から、

そして自分は鼻から生まれるという、はなっからの異端児でした。

 2007_0503_122301aa
須佐之男はある日、父に

母ちゃんに会いたい!!あいたいあいたいー!!!ヽ( `Д´)ノ」

とだだをこねて国を追い出されます。

(ちなみに父はゾンビ化した妻にびびって猛ダッシュで帰ってきた過去があります。)

それでもなお母への気持ちを抑えきれず、旅に出るべく姉に別れを告げに行きますが、いかんせんきかんぼうなので、

行ったら行ったで警戒され、

持っていた父親の剣を差し出し、姉がそれを噛み砕くことで和解するなんていう

常人には理解できない神展開を繰り返していきます。


旅の途中で須佐之男は櫛名田姫(くしなだひめ)という、かわいらしいお嬢さんに出くわします。

「私、これから
 
八岐大蛇(やまたのおろち)に食べられちゃうんです…。(p´□`q)゜o。。」

ズキュ━━━━((**゚Д゚**))━━━━ン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


てなわけで。
須佐之男は櫛名田姫の親御さんにごあいさつに行き、

「そいつ倒すんで、娘さんと結婚させてください!ヽ( `д´)ノ」

と大胆プロポーズ。早いよ!

親御さんももれなくOKします。早いよ!

というのも、実は櫛名田以前に、既に7人の娘を大蛇に食べられていたらしいんですね。


そして、八岐大蛇を無事成敗。
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)までゲットし、一躍勇者となった須佐之男さん。

その後勇者はどうしたのかというと…





新居選びですよ。
もうデレッデレです。大蛇は利用されたんじゃ…。

ある地点を通った時、須佐之男がふとつぶやきます。

「あ…なんか俺、今、すがすがしい気分。」



「なんか俺、今、すがすがしい気分。」

 →すがじんじゃ。

ということらしいです。

ホントですって!!

そう書いてますって!!!

ぜひご確認いただければと思います。   

 
2007_0503_122233aa

・結局何の神様??
 

須佐之男はもともと滄の海原(あおのうなばら)という海の国を統べる神様でしたが、
それをボイコットして母探しの旅に出ます。

その後の前“神”未到かつやりたい放題な人生ゆえ、さまざまな神としての顔を持ちます。

たとえば最初の和歌を詠んだ→歌の神様
国を荒らした→嵐の神
子だくさん→命の神≒農耕の神
大蛇退治→疫病・厄祓いの神など。

姉・天照大神の方がまっとうな神様ですが、人気があるのはなぜか須佐之男の方のようで、天照を祀った神社よりも、須佐之男を祀った神社の方が圧倒的に多いという実情もあります。

かの織田信長が信仰したのも須佐之男命といわれています。

決して完璧ではない人間くささや豪快で破天荒な生きざまが、
憧れや共感を呼び、広く受け入れられ要因なのかもしれません。

**************************

【八幡神社】

Photo_3

日本最多といわれる八幡神社。
総本社は大分県宇佐市の宇佐神宮(宇佐八幡宮)とされています。

八幡神社、なにがすごいって

源氏ご用達の神社(氏神さま)なんですよ。

ええ。

思い返せば。

「南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光の…(中略)
 願はくは、  あの扇の真ん中射させてたばせたまへ。」(『源氏物語』 扇の的)


これですよ。

中学校で泣く泣く暗記させられたあの八幡大菩薩さんが、
まさかここにいらっしゃろうとはね。

人生捨てたもんじゃありません。


ここで会ったが何年目。

言い表せない因縁を感じながら、調査をすすめました。


八幡神社の神様ヽ(★`д´)ノ
【神功(じんぐう)皇后・応神天皇・比売大神(ひめのおおみかみ)】

・肝っ玉母ちゃんと神の子、神功皇后・応神天皇。

①のときに天皇家は神様の血筋(現人神)というお話をしましたが、こちらの二人がまさにそんな感じです。

神功皇后には朝鮮(新羅)遠征中に産気づいたときに、

まじない一つで出産を遅らせたというすさまじい武勇伝をお持ちの神様です。
(その時の子どもが応神天皇。)

他にも、100歳まで生きたり、妊娠中に朝鮮遠征に出かけて全勝してきたりと、数々の伝説を残しています。

かえるの子はかえるってやつなんですかね。

そんな肝っ玉シャーマン母ちゃんから生まれた応神天皇もまた、神がかり的才能を発揮します。
 
 


神風を吹かせたという噂が…。

かつて日本が元に攻め入られたとき、二回とも神風(という名の台風)が吹き、元軍を追い返した伝説があります。

この風を吹かせた神様として、応神天皇の名前が挙がることがあります。

これらのことから、母子揃って国を護る武神として崇められ、

長寿の神、安産の神としても祀られています。

また、護国神・生命の神≒水神としての性格も持ち、

それは八幡神社のシンボル・巴紋(水の渦を表す)からも読み取ることができます。
180pxjapanese_crest_mitu_tomoe_1_sv実は須賀神社も巴紋。


・正体不明の比売大神(ひめのおおみかみ)

比売大神について調べてみると、諸説入り乱れているようで、
その正体を厳密につきとめることは困難でした。

しかし、多くは宗像(むなかた)三女神≒比売大神という説が採用されているようです。


この三女神、いったいどんな方々なのか。

聞いてびっくり。

天照大神が須佐之男の剣を噛み砕いた
あのときに生まれた神様だというのです。

人の世間も狭けりゃ、神様の世界も狭いもんですね。


さて、こちらの三女神。

生まれたからには役割があるもので、

海上の安全を守護するように天照大神から命じられ、
そこから海の神、渡航(船)の神として信仰されるようになったそうです。

須佐之男が海の神をボイコットした影響もあるのでしょうか。

福岡県の宗像大社や広島県の厳島神社にも祀られています。


***まとめ********************

Img_0002

おおまかな図にまとめてみました。

最初は別ものと思っていた三つの神社も、
調べてみると似通った部分や思いがけないつながりがありました。
(両端の神社が同じ巴紋なのにも驚きです。)

神道がさまざまな神様の存在を許したように、神様ひとりに対する解釈もまた幅広く、

たとえば、
生命の神水神田の神豊穣の神生命の神というように、

すべてがめぐりめぐってひとつになっているような、
本当に良くも悪くも考えようとさえ思ってしまうようなおおらかな解釈をそこに感じました。


Photo

科学も医学も発展していない時代において、
地域の神様の存在は今よりも相当重要なものであったのでしょう。

(神様の官位や番付(ランキング)なるものが存在していたくらいですからね。)

三輪神社の神様がすべて何らかの部分で国内最高位に位置する神様であること。

農耕の神様、水にまつわる神様が多いこと。

これらのことは決して偶然ではなく、
それなりの理由が背後にあったものと考えられます。


付近に川の合流地点があり、氾濫が多く見られた。

広大な稲作地帯だった。

自然災害や疫病に多く見まわれた。

強大な神を集め、保存していくだけの力と信仰があった…などなど、

われわれの祖先たちが暮らした地元の姿について、

神様の住まいである神社から推し測ることもできます。


何も知らなかった三輪神社から、
三輪がかつてどんなところだったのかを垣間見ることができたように思います。

みなさんもぜひ、地元の歴史を紐解いてみてください。


そして…

そこの大願をお持ちの皆さん。
ぜひとも輪神社で鐘をついて、柏手を打っていってくださいね。

ご利益抜群、神々のシェアハウス・三輪神社。

友人によるとまた新たな石碑がここに移されたようです。

ふつつか談義におつきあいいただき、ありがとうございました。


*おゆき*

« 【学べる羽後町】 神々のシェアハウス、三輪神社 ②3つのお堂 | トップページ | 御菓子司わかさ »

歴史・建物」カテゴリの記事

(地域)羽後町内」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1158679/50299057

この記事へのトラックバック一覧です: 【学べる羽後町】 神々のシェアハウス、三輪神社 ③神社から知るかつての風景:

« 【学べる羽後町】 神々のシェアハウス、三輪神社 ②3つのお堂 | トップページ | 御菓子司わかさ »