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2013年1月25日 (金)

羽後町の明日、ゆきとぴあ誕生秘話。

きたよ。きたよ。

PhotoAnnnai

こんにちは、おゆきです。

今年もやってきました。広報うご 1.15号☆

突然ですが、羽後町民のみなさんに質問です。

「広報うご」ですか?

それとも

「うご広報」ですか?

みなさんは何て呼んでいますかーーーー!!?
げんきですかーーーー!!!( ノД・) ・゚・。

ちなみにおゆき家は「うご広報」派です。

タイトルは「広報うご」なんですがね。

周囲の声を聞いていても、「うご広報」派の方が優勢な気がします。なんでだろう。

またどうでもいい話で熱くなってしまいました。


うご広報の1.15号といえば、毎年表紙はこちら☆

羽後町の冬の恒例行事
ゆきとぴあ七曲が今年も行われますよっ!

Dsc00792有楽町でもPRされていました☆

そもそも

ゆきとぴあ七曲ってなんなの??

という方が私を含め、たくさんいらっしゃることと仮定しまして、

若干のリサーチをしてみました。

ええ。

私もよく知らなかったんです。


【おゆきさんちの、ゆきとぴあななまがり(’◇’)】

Dscf2306_4こんなんつくって。

Dscf6974_6見送って。

おわり

だったのでね。

あまり大きい声では言えませんね。秘密ですよ。


だけど、

リサーチしてみて、イメージが変わりました。

ものの見方も、ちょっとだけ変わりました。

当時、私たちくらいの年頃だった父さんがだに敬意を表して。

今日は羽後町の、ちょっと昔の話をしましょう。


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昭和50年代。

高度経済成長を経たゆたかな時代。

今だからこそ、良き時代のようにも思えますが、
ここ、羽後町には、今につながる一つの悩みの種がありました。

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出稼ぎによる人材の流出。

最初は農家の次男や若い女性が出向く傾向にあったものの、
経済が発展するにつれ、一家を背負う立場の長男や世帯主まで労働力として吸収されるようになったそうです。

昭和55年4月。

羽後町は、過疎地域に指定されました。

“一度都会に出て行ったら、なかなか戻って来れない。”

“友達もみんな都会に行ってしまった。”

それは今に限った話ではなく、すでにこの時代から始まっていた話だったのです。

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昭和59年。

町長の発案で、町の青年たちが集められます。

青少年育成羽後町民会議。

なにも難しい団体ではありません。

羽後町の問題は何か。今何をしたいか。しなければいけないか。

地元の若者たちが、町の明日について熱く語り合いました。

「なんかさねね。
(何かしなければいけない。)ただ、それだけだった。」

当時の青年が語ります。

しかし、“ただ、それだけ”のまっすぐな思いが

うご牛まつり

ゆきとぴあ七曲を生みました。

Dscf6979_2

ところでみなさん、ゆきとぴあ七曲のコンセプトをご存知でしょうか。

“雪国を楽園に”

いやいやいや。と、

思わずそう笑ってしまいそうなコンセプトのもと、このイベントは形になっていきました。

なげてもよせてもなくならない、私たちにとって大敵ともいえる雪。

そんな“よいでない”存在の雪を使って、楽しいことをやろうという発想の転換。

雪の理想郷、ゆきとぴあ。

ぴあには「友達」という意味も隠されています。

Yukitopia_3_2

急カーブの七曲峠を利用したパノラマレース、ミスゆきとぴあコンテスト、
雪合戦にみかんまき、雪とのかかわりを考えるシンポジウム…

さまざまな企画があった中で、途切れずに続いているのがこちらの花嫁道中

昔ながらの嫁入りを再現したその情景は、
その“昔”を知らない世代の胸をも打つものがあります。

私たちの目には暗く映る雪を、残していきたい美しい風景にまで昇華した若者たち。

そこには、自分たちだけでなく、幅広い世代が楽しめるようにという思いやりや、
古き良き時代を語り継ぎたい、という粋な計らいも感じ取ることができます。

13 11

余談ですが。

数年前、私の同級生が花嫁道中の夫婦に選ばれました。

当時の青年たちも、まさかこの世代を馬そりに乗せる日が来るなんて思ってもいなかったことでしょう。

実は私たち、ゆきとぴあと同い年なんです。

同時に当時の青年たちの、娘息子世代でもあります。

とーさんがだだって、頑張ってるんだよ!という話。

今回はちゃんと真面目に書きました。


ゆきとぴあ七曲。

決して観光向きではありませんが、
町のためにはじまった、人想いの小さなあたたかいイベントです。

またまた熱く、長くなってしまいましたが、
明日は緑と踊りとの町

羽後町のうつくしい風景を存分にご堪能ください。ヽ(’◇’*)


*おゆき*

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コメント

凄い!勉強になった事が沢山ありました。
開催のキッカケや”ぴあ”については、興味が湧きませんでしたが、言われてみて『ハッと』しました。
形は違えどブログも、お祭りや地域行事をこうしてPRする事が、少しでも過疎を抑制し、元気を与え、右肩下がりから右肩上がりへ変える一つの手段ではないでしょうか。
雪とぴあで会いましょう。

*JAうごの佐藤さん*
ありがとうございます!
いろいろ調べていく中で、佐藤さんが書かれたゆきとぴあの記事を見つけましたよ。
七曲峠のお話を読んで一人うるっときていました。

今回“キッカケ”を書こうと思ったのは佐藤さんの記事に感動したことがキッカケであったりします。
勉強させていただいたのはこちらの方です。
今後も先輩の胸をお借りするつもりで、羽後町の明日のためにガンガンいこうと思います☆

ゆきとぴあは、すけ。さんによると暴風雪らしいですよ!
恥を捨ててベンチコートでいこうかなぁ(((゚Д゚)))

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