2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« はたらくくるま!除雪安全祈願 | トップページ | 愛情の生産、明通りチーズ工房。 »

2012年11月13日 (火)

はたらくくるま。旧雄勝線梺駅にて。

こんにちは、おゆきです。

突然ですが問題です(○`・ェ・)ノ

こちら、何のくるまでしょうか?

Photo_3

ヒント1 むかしむかし、羽後町を走っていました。
ヒント2 自動車ではありません。
ヒント3 今はもう廃止されてしまいました。

今回は難しいですよ。
私(20代)にとっても難しいです。

その反対側でうちの両親(50代)が、
なつかしい、なつかしい、と興奮しています。


お教えしましょう。
彼の名前は 羽後交通雄勝線 デハ3

ご存知でしょうか。
むかしむかし、羽後町に電車が通っていたことを。

Photo

うちの両親がまだ花の10代を過ごしていたころ、
羽後町には電車が走っていたそうです。

羽後交通雄勝線。

物資の輸送、そして通勤・通学の足として、羽後町と湯沢市をつなぐ貴重な存在でした。

Photo_4
昭和3年の開通当初は湯沢-西馬音内間の8.9キロで営業が開始されましたが、
住民の熱望もあり、昭和10年には西馬音内-梺間の2.8キロが延伸されたそうです。

湯沢-羽後山田-貝沢-羽後三輪-あぐりこ-西馬音内-元西馬音内-梺

地元住民の期待をのせ、総延長11.7キロに成長した雄勝線。

最盛期には1日に10往復、約1800人ほどの乗客を運んだといわれています。

Photo_2

しかし、その人気に反して、経営状況は決して思わしいものではなく、
自家用車やバスの普及など、交通をとりまく時代の変化がさらに追い討ちをかけます。

昭和42年には西馬音内-梺間が廃止に。

その後も動力を電気から内燃(ディーゼル)に切り替え、生き残りを図りましたが、昭和48年に全線廃止が決定。

惜しまれつつも45年の営業に幕を閉じました。

Photo_5

母が昔、Aコープ(現・コプニ巨福)の前を通るたびに教えてくれました。

「ここは昔、駅だったんだど。」

母は高校生の頃、この電車に乗って通学していたそうです。

しかし、途中で電車の廃止に遭い、その後はバスや兄の通勤の車に便乗するかたちで通学したそうです。

実際に利用していただけに思い入れも強いようで、
テレビの映像ゆ~~~っくりと走るデハの映像が流れるたび、母はうれしそうに子どものころの思い出を語ってくれます。(ほんとうにゆっくりなんです。一見走った方が速いんじゃないかって思うくらいゆっくり。)

母だけでなく、その世代のまちのひとたちはうれしそうに「でんしゃ」の思い出を語ります。

廃線跡がそのまま道路になった道を「でんしゃみち」と呼んだり、
玄関になぜか電車のコントローラーが置いてあるお店もあったり、
デハ3の保管庫がつくられたり、

羽後町を走っていた「でんしゃ」は、廃止後もまちの人々に愛されていることがうかがえます。

Photo

今回の写真の場所。

そうです。
こちらが、旧雄勝線電車庫。
つまり、デハ3の保管庫なんです。

昭和50年代、
地元有志と当時の運転手たちが、野ざらしになっていたデハ3をよみがえらせようと修理に着手したそうです。

盗難などにより無くなっていた部品は骨董屋で探し、
それでも入手できなかった場合は鉄工所に特別発注して、
連日連夜、思い出の「でんしゃ」を偲びながら、その車体に再びを命を吹き込みました。

町も住民たちの活動を後押しし、デハ3が雨ざらしにならないよう保管庫をつくりました。

しかも、ただの保管庫ではなく、線路とプラットホームを再現したかたちで。

Photo_2

楽しかった思い出を他の人にも伝えたい。
こういうものがあったんだよって伝えたい。

そんな想いを羽後町のひとたちはひときわ強く持っているような気がします。

「除雪用の“ユキ”ってでんしゃもあったったんだど」

母の昔話はしばらく止まりませんでした。

******

旧雄勝線電車庫

〒012-1137
秋田県雄勝郡羽後町西馬音内堀回字浦田山 
元西小学校付近

※庫内を見学の際は、羽後町役場 企画商工課(0183-62-2111)までご連絡をお願いします。
詳しくは羽後町HPへ。

******

春になれば、八重桜とソメイヨシノが思い出の風景を彩ります。

この桜のお話はまたの機会にしましょう。

今日も誰かの話の路線を、

デハがゆっくり、ゆっくり走っていきます。


*おゆき*

« はたらくくるま!除雪安全祈願 | トップページ | 愛情の生産、明通りチーズ工房。 »

歴史・建物」カテゴリの記事

(地域)羽後町内」カテゴリの記事

コメント

いやいや、素晴らしい筆さばきですね。
「かぁ~」とは「はぁっは~」とか言っちゃいました。
これって、ため息みたいです。
電車の調査も頭が下がりますが、ブロガーとして強敵が現れたと思う内容でした。
注目していますので、雄勝地域の記事をこれからも頑張って発信して下さい!!

*JAうごの佐藤さん*
ありがとうございますっ!!!

憧れのブロガーさんからラララライバルなんて一瞬何が起こったかわかりませんでした。
うれしくて鳥肌がスタンディングオベーションです・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

いつでもどこでも笑いを誘える佐藤さんのタッチをいつもうらやましく思っています!

まちのことで検索するとすぐひっかかる「なえんもねんしども」の9文字をうらやましく思っています!

実は昨年からずっとうらやましいと思っていて、Twitterもフォローしていたり…

師匠と呼ばせてください!
たくさん、教えてやってください!!(*゚Д゚*)

今後も苦しい時は佐藤さんの背中を見てがんばりますので、よろしくお願いします☆

ちなみにうちの祖母はよく「ほっほ~」と言います。
なんだかふくろうみたいです。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1158679/47783050

この記事へのトラックバック一覧です: はたらくくるま。旧雄勝線梺駅にて。:

« はたらくくるま!除雪安全祈願 | トップページ | 愛情の生産、明通りチーズ工房。 »